昔の人は、凄い事をしたものだ!そう思える場所を発見しました。
場所は、長野県の筑北村。長野県民でも、訪れる人が少ないと思う村です。筑北村に来なくても、なんら生活に支障をきたすわけでも無く、誰も困る事がないからです。しかし、ここでしか見れない場所がありました。それが、【大切通し】【小切通り】と呼ばれる場所です。
戦国の世、1580年に、領地を治めていた青柳家によって、開切されたと伝わっていますが、どれくらいの年月がかかった等の資料に乏しく、 記録に残らない大工事だったと予測しています。ノミ1本で、この開切工事をしたのは、頭が下がります。知恵と努力だけで立ち向かった、先人達の凄さを実感できます。
長さ26メートル、幅3.3メートル、高さ6メートルという、巨大な岩をノミで手堀りしました。

この開切のおかげで、善光寺街道の交通の便が、飛躍的に向上したと思います。当時の資料が少なく、開切前は、大きく峠を迂回したルートで、通行して宿を目指していたものと思われています。当時の苦労を、残しておいてもらいたかったです。
その後、3回の改修工事が執り行われ、現在の形になっています。車が、一台通行出来る幅のため、すれ違いには十分な注意が必要です。また、石仏が多く設置されていますが、その多くが、削り出された岩から加工されました。そして、旅の無事を祈願したのです。それだけ、先人達の旅の行程は、過酷なものだったのでしょう。

もう一つ、麻績村にあります【小切通し】があります。【大切通し】の先が【小切通し】となっており、道は繋がっています。
長さ13メートル、幅3.8メートル、高さ4.5メートル。同じ時期に開切されたものと思われています。

今回は、長野県筑北村にあります【大切通し・小切通し】を訪れてみました。訪れるまでの道も、なかなか狭く、その姿を見たときは、凄く感動しました。大切通し付近に、5台位の駐車スペースも完備されています。私が訪れた時は、数台の車が居ましたが、1人になった瞬間、静寂というか、この世に、たった1人っきりになった感覚に襲われました。まるで、江戸時代にタイムスリップしたかのようでした。夜は、ちょっと怖いかと思います。是非、この雄大さを、そして人間の可能性を見にきて貰いたいです。
次回も、信越地方の情報を発信していきます。行先でお困りの方、信越の情報が欲しい方等、活用して貰えば嬉しいです。次回も、よろしくお願いします。




















